周辺を北は
丹沢山地、東は
大磯丘陵、西は
箱根外輪山の山々が囲み、南は相模湾に面している。最北部に当たる扇頂部からは丹沢山地から流れてきた
酒匂川が平野に入り込み東に流れたあと、
松田町あたりで大きくカーブを描いて北から南へと貫くように流れている。そして南部には河口が存在し
相模湾に注いでいる。西には酒匂川支流である
狩川も流れ、平野の中央やや南寄りの地点で酒匂川と合流している。気候は温暖であるが、比較的狭い平野である。
水が非常に豊富であり、
井戸が各地に多数存在している。1世帯に井戸1つずつ所有しているような地区も珍しくない。市町の水道も平野に井戸を掘ればある程度の水量が得られるため、川の取水と並んで井戸の
地下水も水道の水源として利用されている。逆に言えば地下開発をしようとすると水が湧き出てしまうため、地下水対策工事を実施しなければ、まともに地下開発出来ない土地でもある。
肥沃で水が豊富なことから、昔は平野のほとんどを
水田が占め、
稲作が盛んであった。現在においても農業においては稲作が中心であるが、
梅などの栽培も行われている。しかし、戦後からは徐々に南部を中心に工業地域が広がっていき、相対的に水田は住宅地化も相まって、減少が続いている。平野内の主な工業は、写真フィルム・記録メディア・
バッテリー・化学製品・
薬品・食品(ビール・農水産物加工)などと多岐に渡る。これは首都
東京への交通の便が比較的良いことが主な理由であるが、豊富で良質な水が操業上必要不可欠で、それを求めて進出した企業もある。
酒匂川によって形成された沖積平野であるため、他の沖積平野の例に漏れず水害が絶えなかった。
江戸時代の文献においても大水(
洪水)に関する記述が多くみられる。特に
富士山噴火の際は、火山灰が酒匂川に積もってしまったため、それ以降は暴れ川としてたびたび平野を襲ってきた。長い間、足柄平野における災害対策事業と言えば治水事業が主で、多くの堤防が築かれては
決壊の繰り返しであったが、酒匂川上流域の丹沢山地内に
三保ダムが建設されてのち、これといった水害には見舞われていない。一方で大磯丘陵との境あたりには
国府津-松田断層が南北に延びており、今日最大の脅威は
地震であると言える。