石川さゆり wikipedia|無料辞書
| Name = 石川さゆり
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| Background = singer
| Birth_name = 石川絹代
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| Blood = A型
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堀越高等学校卒業
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ホリプロさゆり音楽舎
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◆ 来歴
小学2年の時、
島倉千代子のコンサートに接し感動、次第に歌手を志すようになる。小学5年時に一家で
横浜市神奈川区に転居、のち歌のレッスンを受け始める
[レッスンの費用は牛乳配達のアルバイトで捻出したという。]。
横浜市立城郷中学3年の夏休みに、
フジテレビのオーディション番組に(応募したものの参加できなくなった友人に替わって)参加し合格。同年秋にはフジの別の番組にレギュラー出演したという(2009年3月17日放送「
ぴったんこカン・カン」より)。
それから4年後の
1977年に「
津軽海峡・冬景色」が大ヒットとなり、
第19回日本レコード大賞歌唱賞など、数々の音楽賞を受賞した。また同1977年発売の「
能登半島」「
暖流」もヒット、1980年代に入ってからも「波止場しぐれ」「
天城越え」「夫婦善哉」「滝の白糸」「風の盆恋歌」など順調にヒット曲を世に送り出し、日本を代表する女性演歌歌手の一人となった。2008年までNHK『
紅白歌合戦』に通算31回出場している。
1981年、元マネージャーの
馬場憲治と結婚。1984年2月に長女を出産、
1989年2月に離婚。石川は「私は平成に入って最初に離婚した芸能人」と明るく語っている。
◆ NHK紅白歌合戦出場歴
石川は、1977年・第28回紅白にて「津軽海峡・冬景色」の大ヒットを背景にデビュー5年目にして初出場。1983年に産休に入ったため、同年第34回の紅白は出場辞退(ただし特別ゲストとして出演した)。翌1984年より再び復帰し、2008年・第59回まで25回連続出場。通算出場回数は31回で、紅組歌手の中では
島倉千代子・
和田アキ子に次ぎ3位。白組の
五木ひろしと同じく、1985年以降は実力派がひしめく最終コーナーの常連でトリも5回取っている。