東ローマ帝国では帝位継承法が明確に定められておらず、
クーデターによる王位簒奪さえ合法であった。古代の民主制の名残から、ローマ皇帝位の正統性は「市民・軍隊・元老院の推戴による」とされていた。そのため、クーデターを起こしてもこの三者の合意が得られれば合法であった。なお、9世紀頃になると「市民」は実際の市民ではない「市民」という名の儀式用の役人であり、元老院議員は高級官僚で構成されていた(ただし、11-12世紀には実際の
コンスタンティノポリス市民が反乱を起こし、皇帝の廃立に関与することがあった)。