本人は
被差別部落の外に生まれ育ったが、父方も母方も祖父母の代までは被差別部落出身。
大阪府立豊中高等学校在学中は
新左翼運動に傾倒、狭山闘争を中心に部落解放運動に関わりだしてから祖先が被差別部落民であることを知る(こぺる編集部編『部落の過去・現在・そして…』阿吽社、1991年、3-4頁参考)。
京都大学文学部在学中は
上田正昭の部落史ゼミに参加、部落史を卒業論文のテーマに選ぶ(「高松差別裁判糾弾闘争について」)。1986年、「アメリカ黒人の社会的地位に関する論争-W.J.ウィルソン『低下する人種の有意性』をめぐって-」により教育学修士の学位を取得。