歴史家(れきしか)は、
歴史を後世に残すべく、叙述(文章化)する人の事。また、残された
史料を元に歴史を研究し、その成果を論文や著作として著す人の事も指す。近代以降、学問として
歴史学が確立してからは、
歴史学者という呼称へ移行した。しかし、一般的に両者の区別は厳密であるとはいえず、歴史研究者の中で論争の的になることもある。一般的には歴史を研究している人や歴史にくわしい人を指す場合が多く、
郷土史家なども歴史家の一種といえるだろう。また、
大学の教員ではない在野の歴史家のことを特に
歴史研究家と呼ぶこともある。
歴史学者は自己の生きている時代性や、自己の問題意識にもとづき、自由に研究対象を選択することができるが、複数の史料(文献の形式以外のものも含む)を分析しながら、「正確に」事象やその因果関係を叙述することは、常に容易な作業ではない。
これに対し、
ドイツのランケは同時代の
ヘーゲルの「歴史は世界精神の実現へと収れんしていく過程」であるとする
弁証法的
歴史哲学や、中世のキリスト教中心的史観、
ルネサンス期の
教訓主義などを批判し、
政治史や
外交史を中心に「客観的歴史叙述」に徹する姿勢を貫いた。彼の手法としてあげられるのは、厳密かつ広範囲な
史料批判(一次史料としての日記や備忘録、外交記録、当事者や周辺の人々の証言などを含む)と
ロマン主義を統合させ、対象とする時代の普遍的概念を描きながらも、個別の事象をありのままに記そうと試みたことだろう。ランケの歴史研究、および歴史教育の手法は、彼が教壇に立っていた
ベルリン大学を中心に、
ドイツのみならずヨーロッパ全土、
アメリカにも多大な影響を与えた。「歴史の父」と呼ばれるヘロドトスに対し、ランケが「近代歴史学の父」「客観的歴史叙述の父」と呼ばれる理由はそこにある。