広西省(当時)蒙県出身で、読書人の家に生まれたために幼い頃より文学に親しみ、奥深い教養を身につけることができた。
日中戦争終結後に嶺南大学へ進んで国際経済学を専攻、卒業後の1949年に
香港の新聞社『
大公報』に就職し、最初は英文の翻訳を、後に記事の執筆も行うようになる。
その後、
マカオで白鶴拳の陳克夫と呉派
太極拳の呉公儀の2人の武術家が対戦を行って話題となったことを契機に、1954年に自身の最初の
武侠小説『
龍虎鬥京華』を『大公報』の娯楽紙面『新晩報』に発表した。これが新
武侠小説の始まりとされている。以後、1984年までに35作の
武侠小説を発表し、
金庸、
古龍と並ぶ武侠小説の大家として揺るぎない地位を築き上げた。武侠小説以外にも散文や評論文、随筆も書いている。