『尋常小学読本唱歌』およびこれを学年別に振り分けた『
尋常小学唱歌』に収録された唱歌(全120曲)は、すべて日本人による新作であった。当時、文部省は作詞者・作曲者に高額な報酬を払い、名は一切出さずまた作者本人も口外しないという契約を交わした。「国」が作った歌であるということを強調したかったのだとも言われる(
團伊玖磨『日本人と西洋音楽』
NHK人間大学テキスト,1997年)。そもそも合議制で編纂されたため、個人の著作物とするのは無理がある。時代の変化にともない、
歌詞が変更されることも多かった。戦後、検定教科書の時代になって著作者を明らかにしなければならなくなったが、その作業が学問的に行われたことはない。伝聞等により
岡野貞一、
高野辰之らの作品が判明したとされるが、一部を除いては不詳の場合が多かったため、便宜的にこの呼称が使用された。
判明したとされる作者についても根拠のはっきりしない点が多い。楽曲の作者とされる人物の
出身地では、その人物が作者と確定したわけでないのに自治体などが主体となって歌碑を建立したり、歌のモデルとなったのはここだとして観光宣伝に利用するなどの事例がみられる。また、文部省唱歌とは本来、全国の学校で使用されることを意図して作られたものであり、モデルとなった場所を限定するのは適当でないとする見解もある。