このようなベートーヴェンの重圧による寡作の時代があったが、その間に決して弦楽四重奏曲が重要なジャンルと見なされていなかったわけではない。たとえば、
交響曲や
ピアノソナタのような「古典的な」音楽には否定的な意見を持っていた
ドビュッシーですら、弦楽四重奏という「古典的な」ジャンルで、1曲だけだが
ト短調の四重奏曲を発表している。もっとも、のちに
ラヴェルが恩師
フォーレに捧げた
四重奏曲同様、ドイツ・クラシックの権化のような調性音楽上のこのジャンルは、形式上はその体裁を保っていたとはいえ、
印象主義の時代には既に古典的な形式の好例と見なされていたことがうかがわれる。