「建築家」というとき、西欧流
アーキテクトを想起するが、その成立までにはさまぎまな歴史がある。古代ギリシャ・ローマではそれは建築術をはじめ
土木技術、造兵技術、機械技術を含んだ「大技術者」、いうなればグラフトマン(工匠)で「
大工」という意味であった。
中世ヨーロッパに
大聖堂を築いた工匠は存在しても、建築技術者は一般に
職人と見られていた。建築家の地位が確立したのは
ルネサンス期以降で、建築家の名前が作品とともに伝えられるようになった。
15世紀イタリアの
ブルネレスキが建築家の始めとされる。当時、
フィレンツェ大聖堂(サンタ・マリア・デル・フィオーレ)に世界最大のドーム屋根をかけることが課題となっていたが、巨大な足場が必要になるため、建設は非常に困難と見られていた。ブルネレスキはこの課題に合理的な解決をもたらし、足場を築かずにドームを造る方法を提案して、ドームを完成させた。また、万能の天才といわれた
人文主義者アルベルティは『建築論』を著し、学問的に
建築学を位置づけた。これらの人物の活動によって、次第に職人とは異なり、高い
教養と
科学的
知識を持つ建築家の職能が確立していった。イタリアなど南欧諸国においては、ルネサンス期以降、建築家は主に社会的な事業に関わる
芸術家として尊敬を集めてきた。こうして、アーキテクトが
芸術家的意味を帯びるのは15世紀のイタリア・ルネサンスに始まると同時に建築の形態が学問として科学的に解析検討され、芸術としての本性が追求された。建築家は技術者との職分から、学者であり芸術家・デザイナーとしての側面を持つに至る。