摂関期の頃には家政機関として別当・家令・知家事・案主・侍・書吏などが設置され、実務機関として
政所・
侍所・
文殿・
納殿などの機関が置かれた。家政機関の職員が実務機関の職員として家政の運営にあたっていたが、別当・家令などの公卿・四位・五位官人級が任命される職員を「(上)家司」、知家事以下を「下家司」と称した。摂関家の家司は
受領が多く任じられてその収益の一部が摂関家に献じられてその財政収入を支えた。また、摂関家は
蔵人や受領などの人事権に大きな影響を与えたことから、摂関家が
九条流に固定されていくと、受領家司が摂関家に集中して他の公家を圧倒していくことになった。だが、
院政期に入ると摂関家が弱体化して受領家司は減少していき、替わって代々仕える家司が政所職員として荘園経営の実務にあたるようになる。その一方で、
院庁の家政職員である
院司が、
院の上下家司としての役目を果たすことになった。