歴史家としても知られ、『魏氏春秋』20巻、『晋陽秋』32巻、『蜀世譜』、『異同雑語』(『異同記』『異同評』『雑記』と同じ書物だと考えられている)などを著した。
裴松之が『
三国志』の注を付けた際、孫盛の著書は異聞を多く集め、人物評論に健筆を振るっていることから頻繁に引用されている。裴松之は「孫盛や
習鑿歯(『漢晋春秋』・『襄陽記』の著者)は異同を捜し求めて漏洩なし」と賞賛している。ただしその内容については賛否両論ある。孫盛自身は『晋陽秋』で時の権力者である桓温の北伐失敗を直書し、彼やその圧力を恐れた孫盛の息子(どちらの息子かは不明)の書き直しの要求を拒み通したという硬骨の人物だったが、史書の人物の発言を『
左伝』などからの典故で潤色する傾向がある点を裴松之から批判されている。