「やまと」の
語源は山に囲まれた地域であるからと言う説、この地域を拠点とした
ヤマト王権が元々「やまと」と言う地域に発祥したためとする説、「やまと」は元は「
山門」であり山に神が宿ると見なす自然信仰の拠点であった地名が国名に転じたとする説、
三輪山から山東(やまとう)を中心に発展したためとする説など諸説ある。
奈良中期の
737年(
天平9)、令制国の「やまと」は橘諸兄政権下で「大倭国」から「大養徳国」へ改称されたが、諸兄の勢力が弱まった
747年(天平19)には再び「大倭国」へ戻された。そして、
752年(天平勝宝4)もしくは
757年(天平宝字元)橘奈良麻呂の変直後に「大倭国」から「大和国」への変更が行われたと考えられている。当時の正史である『
続日本紀』には何故か
改元の記事が漏れている。このとき初めて「大和」の用字が現れた。その後、「大倭」と「大和」の併用が見られるが、次第に「大和」が主流となっていった。