その後に
藤原麻呂の恋人となる。しかし、麻呂とも早くに死別し、
養老末年頃、異母兄の
大伴宿奈麻呂の妻となり、
坂上大嬢と
坂上二嬢を産んだ。しかし、彼とも33歳頃に死別したと思われる。その後は、旅人を追って
大宰府に下向する。帰京後は佐保邸に留まり、
大伴氏の刀自(主婦)として、大伴氏の一族を統率し、家政を取り仕切ったのだろう。その作風は多分に技巧的でありながらも、豊かな叙情性をも兼ね備えている。しかし、彼女の数多い男性との相聞歌は、恋の歌になぞらえて、彼らへの親しみを表したものであったり、実体験ではないのではないかとも言われている。