1933年、
福井県福井市佐佳枝下町生まれ。1945年に順化小学校を卒業後、旧制の
県立福井中学に入学するが、同年8月の
福井大空襲で家が焼失したこともあり1947年春に一家と共に東京へ移転し、田園調布の自宅から都立城南中学に通った。
学制改革により在学中に
城南高校となるが、この頃、
フランス語を習うため
アテネ・フランセへ通い、フランス映画もよく観た。高校時代にはNHKのラジオに詩を投稿して賞金を貰ったり、演劇部には入らなかったが演劇脚本を書いて文化祭で上演したりしていた。1951年、
東京大学文学部仏文科入学。哲学科に入りたかったが、吉田を外交官にしたいという父の意嚮があって仏文科を選んだ。同科に
矢島翠、
宮川淳、
石堂淑朗、
種村季弘がいた。大学卒業とともに、石堂と
1955年松竹大船撮影所に入社。