関西北部を中心に
中国・
四国地方まで被害がおよんだ。なかでも被害が集中したのは丹後半島のつけ根にあたる約15kmの範囲である。地震被害が著しかったのは
網野町、
加悦町、
岩滝町、峰山町で、家屋倒壊率は70%〜90%に達した。また、地震発生時刻が夕食時と重なり、火災が各所で発生。特に網野町、峰山町、
野田川町では大火となり、合わせて8,287戸が焼失した。最大の被災地となったのは「丹後
縮緬」で知られる峰山町であった。住宅や織物工場など家屋の
97%が焼失。人口に対する死亡率は22%に達した。
この地震による被害は、広範囲に及び、2年前の
北但馬地震で大打撃を受けた
城崎町でも、火災により2,300戸以上が焼失した。また、震源から150km以上も離れている
鳥取県米子でも、2戸の倒壊家屋がでた。さらに、
大阪市内では、地割れから泥水を噴き出し、家屋が浸水した。
液状化現象が発生したと考えられる。被害の総計は、死者2,925名(京都府内・2,898名)、負傷者7,806人、全壊1万2,584棟、半壊9,443戸、焼失8,287戸、全焼6,459戸、半焼96戸であり、大災害へと発展した。