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「中納言」||本-master.com 【05/27update】
中納言
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中納言
(ちゅうなごん)は、朝廷組織の最高機関、
太政官
の職の一つで、
大納言
に次ぐ官位で、
四等官
の中の次官(すけ)に相当する
令外官
。漢風名称(
唐名
)は黄門
徳川御三家
のひとつ
水戸徳川家
は
極官
が権中納言であるため、その多くが「水戸中納言=
水戸黄門
」となる。もっとも有名なのは2代藩主
徳川光圀
であり、通常「水戸黄門」と言った場合は光圀のことを指す。但し、光圀が藩主の時には参議(水戸宰相)であり、隠居してから権中納言(水戸黄門)に任官している。
、黄門侍郎、門下侍郎、子向などである。官位相当は
正四位上
から
従三位
に異動。
大宝
元年(
701年
)
3月21日
の
大宝律令
の施行で廃止されたが、
慶雲
2年(
705年
)
4月17日
に
令外官
として復活している。時に官位相当は
正四位上
。職掌は
大納言
の不足を補い、宣旨を奏上し、下問を待ち、太政官の合議に参加する、というもので、大納言とほぼ同様であったが、大納言のように大臣の代行をすることはできない。当初の定員は3人であった。
天平宝字
5年(
761年
)
2月1日
、重責にも関わらず、季禄が少ないということで官位相当を
従三位
に改める。その後、時代によって任官者は増減し、多いときには10人にのぼることもあったが、
後鳥羽天皇
の治世に8人と定められる。
南北朝時代
以降は大納言と同じく
権官
ばかりで正員がなくなったことが
高田与清
(たかだともきよ)『
官職今案
』に見えている。
中納言に任官されるための基本的な条件は
・
参議
・
左大弁
・
右大弁
・
左近衛中将
・
右近衛中将
・
検非違使
別当
のうちいずれかひとつに任官した経歴をもつことである。
また
五摂家
の子息は
参議
を経ないで
中将
から中納言に任官される慣例であった
参議は大臣にあった際、平伏蹲踞する規定となっていたため、これを避けるためとされる。後には
清華家
の子息も摂家に準じて、中将から中納言に直接任官するようになった(
浅井虎夫
『新訂 女官通解』
講談社学術文庫
、1985年)。
。
◆ 主な中納言
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