1953年、本名の林玉緒で
松竹『景子と雪江』(
大木実・
岸惠子主演)に映画初出演。しかしその後、お呼びがかからず
大映の重役スター
長谷川一夫が親戚であったこともあり頼み込み1954年、大映入社。初年度の給料は2万円(2007年の100万円)と破格でありハイヤーで撮影所通いしていたが、主役は回ってこなかった。
1960年代半ばまで幼馴染の
市川雷蔵や
山本富士子、
若尾文子らスターの脇役として
大映で活躍。当時の玉緒の声は甲高く可愛らしく、純情な娘役として多数の映画に出演。
夫の勝には「生まれ変わってもあの人と一緒になりたい」といっているほど一途な想いを貫いている(無論、勝の人柄にもよる所が大きいが)。勝の晩年には二人舞台『夫婦善哉』で共演した。バラエティ番組に出始めるようになったのも、
咽頭癌に臥している勝を励ますためだった。その頃の勝は、もはや発声が困難な状況であり、病室のテレビで玉緒が出演するバラエティ番組を見るのが唯一の楽しみであったという。勝の葬式には晴れ晴れとした笑顔で弔問者を迎え、スポーツ新聞には「東京タワー葬」と書かれた。祭壇のセットに
東京タワーが組まれるという異例の葬儀であったが、玉緒は勝を明るく見送った。