編者は不詳。上・中・下の3巻から成るか。書名の「上宮」は
厩戸皇子が幼少・青年期を過ごした宮であるが(現
奈良県桜井市)、『平氏伝雑勘文』に「太子御作」としているのは仮託であろう。本書の性格についても、聖徳太子の伝記とする説、
上宮王家に伝来した史書とする説などがあって一定しない。
神代の記述も存在したらしいが、まとまった逸文は継体天皇・聖徳太子関連の系譜で占められ、その系譜様式や用字法の検討から、本書の成立は
藤原宮跡出土の
木簡より古いこと、さらに
推古天皇の時代まで遡る可能性も指摘されている。