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「ベルリンの奇跡」||本-master.com 【05/27update】

ベルリンの奇跡 wikipedia|無料辞書

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ベルリンの奇跡( -きせき)は、1936年ベルリンオリンピックのサッカー競技において、日本代表スウェーデン代表を破った試合を指す日本国内での表現である。

◆ 試合経過
1936年8月4日ベルリンのヘルタープラッツ・スタジアムにおいて、サッカー競技の1回戦として日本対スウェーデンの試合が開催された。
当時のスウェーデンはドイツイタリアと並ぶ優勝候補であった。これに対して、日本はオリンピックのサッカー競技には初参加であり、体格の面でも明らかに劣っていた。このため、下馬評ではスウェーデンが圧倒的有利とされた。
試合は前半にスウェーデンが2点を挙げ、優勢に試合を進めた。しかし後半に入るとスウェーデンが油断したことに加え、ショートパスを中心とする日本の戦術が機能しはじめた。後半4分に「シュートの名人」と呼ばれたセンターフォワード川本泰三がゴールし反撃の口火を切ると、後半17分に右インサイドでゲームメイクを担ったオールラウンダー・右近徳太郎がゴールを挙げ、同点に追いついた。その後も日本の勢いは止まらず、後半40分に俊足右ウイング松永行のゴールによって、ついに逆転した。終盤スウェーデンの猛攻に遭うもこれを耐えしのぎ、3対2のスコアで試合終了となった。
スウェーデンのラジオ放送の実況アナウンサー・Sven Jerringが「Japaner, Japaner, Japaner(日本人、日本人、また日本人)」と連呼したこの試合は、スウェーデンのスポーツ分野においても歴史的出来事のひとつとして記憶されている。

◆ 日本代表
;出場選手
ゴールキーパー(GK)
  ・佐野理平(早稲田大学)
フルバック(FB)
  ・堀江忠男(早稲田大学)
  ・種田孝一(登録上はHB、東京帝国大学)
  ・竹内悌三(東京帝国大学OB)
ハーフバック(HB)
  ・立原元夫(早稲田大学)
  ・金容植(普成専門学校)
フォワード(FW)
  ・松永行(東京高等師範学校)
  ・右近徳太郎(慶應義塾大学)
  ・川本泰三(早稲田大学)
  ・加茂健(兄、早稲田大学)
  ・加茂正五(弟、早稲田大学)
;控え選手
不破整(GK、第一早稲田大学高等学院)
鈴木保男(FB、早稲田大学)
笹野積次(HB、早稲田大学)
西邑昌一(FW、早稲田大学)
高橋豊二(FW、東京帝国大学)
;スタッフ
監督 - 鈴木重義
・コーチ
  ・工藤孝一
  ・竹腰重丸
・マネージャー - 小野卓爾
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| style="font-size:90%;"|ベルリン五輪・サッカー競技1回戦 vsスウェーデン戦(1936年8月4日、ヘルタープラッツスタジアム)の布陣。ベルリン入り後、それまでの2バックシステムから急遽WMシステムに変更。HBの種田を3バックの中央に配置したほか、立原を守備に専念させ、運動量に優れた金に攻守の舵取り役を担わせた。
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◆ 試合結果
日本|
|スコア= 3 - 2|
|レポート = [外部リンク] (Report)
|チーム2= スウェーデン|
|得点者1 = 川本泰三
右近徳太郎
松永行 |
|得点者2 = エリク・ペーション
|競技場 = ヘルタ・プラッツ, ベルリン
|観客数 = 5.000
|主審 =
22px
ヴィルヘルム・ペータース
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