秦始皇帝以後、千年にわたって中国王朝の郡県支配を受け、中国文化の影響が深く浸透したが、完全に
中国化することはなかった。一方中部ベトナムでは
オーストロネシア語族系統の古チャム人(後の
チャム族)がインド化された
チャンパ王国を形成していた。唐末五代の混乱で中国の支配が後退すると
939年に最初の民族王朝呉朝が成立、以後越人の王朝「大越」が続く。大越は南のチャンパと抗争を繰り返したが、チャンパ領は14世紀に越都昇龍(タンロン)を2度攻略した制逢峨(チェーボンガー)の死後内紛で割拠状態に陥り、1471年以降大越黎朝(1428年-1788年)及びその諸侯である広南阮氏がこれらを各個撃破して南進し、広南阮氏は更に17世紀にカンボジア領であった
メコン川流域まで併合して今日のベトナム領土が完成した。