ローマ皇帝を護衛するプラエトリアニを統率する者として帝政を通じて1人ないし2人、時には3人の定員があり、主に
エクィテス(騎士階級)の者が皇帝により任命された。この頃エクィテスの就任できる職としては最高の地位の一つに位置づけられていた。
アレクサンデル・セウェルスの治世にプラエフェクトゥス・プラエトリオの職は
元老院議員にまで広がり、エクィテスの者が任命されると自動的に元老院の議席が与えられた。
帝政期を通じて、皇帝は常にプラエトリアニを統制下に置くように務めた。しかし、
セウェルス朝以降はプラエトリアニそのものが独自の勢力としてローマ社会で最も影響力の大きい存在となった。
軍人皇帝時代にはプラエフェクトゥス・プラエトリオは皇帝の地位を左右するほどの権力を持つだけでなく、
ピリップス・アラブスのように皇帝として即位する者も現れた。
ディオクレティアヌスの治世になるとプラエトリアニは権限を大幅に削減された。
コンスタンティヌス1世の時代にはプラエフェクトゥス・プラエトリオの職務から軍事的要素が取り除かれ、軍司令官としての役割は
マギステル・ミリトゥムが担うようになる。「プラエフェクトゥス・プラエトリオ」は本来の機能を失い、皇帝にとって信頼できる軍人が昇進するための最初の職務としての役割を果たすようになった。