その後、遠隔地との交易にくわえて、毛織物業を中心とする製造業と金融業でフィレンツェ市民は莫大な富を蓄積し、フィレンツェは
トスカーナの中心都市となり、最終的にはトスカーナの大部分を支配した
フィレンツェ共和国の首都になった。そのうえ、商人と職人が強力な同業者組合を組織したことでフィレンツェは安定していた。もっとも裕福だった毛織物組合は
14世紀の初めに約3万人の労働者をかかえ、200の店舗を所有していた。
ロレンツォ・イル・マニフィコ(偉大なるロレンツォ)とよばれたロレンツォは、学問と芸術の大保護者で画家の
サンドロ・ボッティチェッリや人文主義者をその周囲にあつめた。ロレンツォは共和国政府を骨抜きにし、その野心的な外交政策で、フィレンツェは一時的にイタリア諸国家間の勢力の均衡をたもたせることになった。フィレンツェのフロリン金貨は、全ヨーロッパの貿易の基準通貨となってフィレンツェの商業は世界を支配した。建築、絵画、彫刻におけるルネサンス芸術は、15世紀をとおして大きく開花し、
サンドロ・ボッティチェッリ、
レオナルド・ダ・ヴィンチ、
ミケランジェロ、
ラファエロなどの巨匠が活躍する
ルネサンス文化の中心地となって学問・芸術の大輪の花が開いた。