県の設立は
アユタヤ王朝時代にまで遡り、
プラプラデーンが
海港(ただし、チャオプラヤー川の中にあった)として建設されたことに始まる。その後
ラーマ2世は
1819年は
タークシン王が放棄していた海港の建設に再び着手した。最終的には、チャオプラヤー川の両岸に合計六つの港が建設された。そして河口付近の島には、宗教的な意味合いからプラ・サムットチェーディーが建設された。このため、県名がサムット・プラーカーン(海辺の城壁)と呼ばれるようになった。なお、現在でもこのとき建設された港が二つ残っており、それぞれぞれピースアサムット、
プラ・チュラチョームクラオという。
1893年の
パークナム事件(シャム危機)ではタイ海軍とフランス海軍が軍事衝突した場所である。