ゾフィーは2歳の時から
フランス人ユグノー(新教徒)の家庭教師に育てられ、特に2番目の家庭教師バベ・カルデル嬢にはロシアへ行くまで教えを受けた。
フランス語に堪能で合理的な精神を持った少女に育つ。乗馬も達者だったが、音楽は苦手。それほどの美貌ではなかったが、生来の優れた頭脳を活かし、知性や教養を磨いて魅力的で美しい女性となる努力を重ねた。本来家柄的にはとても大国の后妃候補に挙がる身分ではなかったが、母ヨハンナの早世した兄カール・アウグストがロシア女帝
エリザヴェータの若かりし頃の婚約者であった縁もあり、ゾフィーは14歳でロシア皇太子妃候補となる。