1187年、
十字軍の休戦協定違反を契機としてサラーフッディーンは
エルサレム王国に侵攻し、7月に有名な
ハッティンの戦いで十字軍に大勝し、10月には約90年ぶりの
エルサレム奪回を果たしたのである。このため、
1189年から
イギリス王・
リチャード1世を中心とした第3回十字軍の反攻を受けたサラーフッディーンは、十字軍にアッコンを奪回されるなどの苦戦を強いられたが、十字軍の猛攻によく耐えて
1192年、和睦を結ぶにいたった。この和睦により、エルサレムをはじめとする領土のほとんどはアイユーブ朝の支配圏として確立することとなり、十字軍はシリア沿岸にわずかな領土を有するまでに没落してしまい、往時の力を失うこととなったのである。